産んだ時、生まれた時もすごいあったかい気持ちになった。
なんだろう。もうこれ以上の言葉が出てこない。
・1人目の出産がきっかけで、2人目は助産院での出産になった。
・自分の住む地域に子どもを産める助産院がなかった!他県の助産院にいった理由と、心持ち。
・出産体験はお守りになる。
29歳第1子(長男/子ども2人)病院出産
34歳第2子(長女/子ども2人)助産院出産
徳島県 金澤美帆子さん(ヨガ講師)
赤ちゃんが出来た!その時の気持ちは?

妊娠がわかって、嬉しかったですね。
1人目は個人病院で出産することにしました。
でも何もわからない状態で、しかもちょうどコロナ禍。
プレママ教室なども中止、特に自分でも調べもせず、病院の妊婦健診と、あと生まれるまで何日とカウントしてくれるアプリの情報を頼りに過ごしていました。
ある意味、問題なく妊娠生活を送れていたということでもありますかね。
お産のリアル 1人目

陣痛かなっていう時に、今更Googleで「陣痛とは?」と検索しました。
コロナ禍で立ち合いはもちろん、病院の中にも旦那さんは入ることができず、
入り口のところで「じゃ、いってきます」と言って送り出してもらいました。
病院に着いて、一般的に見たら多分スムーズに進んでいたと思うんですけど、
浣腸をしたり、バルーンを入れたり、
陣痛促進剤も入れて、という感じで処置がありました。
説明があったのかもしれないけど、記憶になくて、みんなそれをするんだなって思ってました。
陣痛が進むにつれて、ただただ痛くて、
「痛い!」「まだ?」「もう早く出て!」ってずっと叫んでいました。
そして、赤ちゃんが出てくるって時に 先生がトコトコって来て、会陰をジョキって切って、つるりんと赤ちゃんが出てきてくれました。 ※会陰切開の説明もあったのかもしれないけど、それも記憶にはなくて、みんなするもんなのかな、と思っていました。
いま思えば、本当に無知だったんですね。
赤ちゃんが生まれた瞬間は、 生まれて嬉しい、感動というよりも、「もう二度と経験したくない」という感情でいっぱいでした。
子どもが可愛いって思えたのも結構あとからだったように思います。

問題となるものはなかったけど、
自分の気持ちだけが、おいてきぼりというか。
子育てが始まって、やっぱりイライラするし。 すぐにまた子どもが欲しい、とはならなかったんです。
約5年の月日が経って、その中でミレアと出会い、色々なお母さんたちとお話をする機会が多くなってきました。だんだんと、自分のお産って普通だけど普通じゃないのかもしれないって感じるようになったんです。
そんな中、ミレア代表の実希さんがご妊娠されて、助産院で出産するという話を聞いていく中で、 そういうお産だったらわたしもしてみたいかもって、一瞬よぎったんですよ。
「2人目いいかもな」って思っていた時に、 タイミングよく来てくれて。

助産院で産みたい

出産をするなら病院ではなく、助産院で、
赤ちゃんと自分の力を信じて、可能な限り自然な形で生みたいな。
そして、コロナ禍だった1人目の時は立ち会いもできなかったので
やっぱり、家族みんなで一緒に赤ちゃんを迎えたいな。ということを思ったんです。
お兄ちゃんがいる、というのも前回とは違う状況なので、
お兄ちゃんにもいい影響というか、命をかけて命の大切さを伝えられる機会になれば良いなと。
それで今回は「助産院で産む」というのが目標になりました。
実際に助産院でお産をされた実希さんから色々とお話しを聞いて、
実希さんの切り開いてくれた道を通ることができたおかげで、
スムーズに助産院でのお産に向けて進んでいくことができました。
そして、実希さんから教えていただいた、あさだとしこさんの『マイ助産師プラン』を利用させていただきました。
マイ助産師制
「My助産師」とは、リスクの程度や出産場所を問わず、妊娠初期から出産、産後まで一貫して妊産婦に寄り添い、継続的なケアを提供する助産師です。妊婦自身が信頼できる助産師を選び、サポート助産師や地域の医療チームと連携したチーム体制でサポートを受けられるため、自宅など望む場所で安心して出産に臨めます。
あさだとしこ
1人目はこうだったから今回はこういうお産がしたい、などたくさんお話しを聞いてくれました。
助産院の助産師さんもとても良い方ばかりだったんですけど、1人の方がずっとついて伴走してくださってるっていうのは、わたしのことを知ってくれているという安心感もあり、とてもありがたかったです。
実は、マイ助産師プランをお願いする時、いくつかのプランがあって、月に1回会って様子をみてもらうぐらいでもいいかなって思っていたんです。 でも色々とお話していくうちに、あ、やっぱり一緒に居てほしいと思って、
産前産後を含めたまるごとコースをお願いしました。
わたしや家族の希望を聞いてくださる、オーダーメイドとなるので、そのうちの1回は産前に、家族みんなで赤ちゃんを迎える準備として プレママ、プレパパ、プレ兄ちゃん教室をしてもらえるようにお願いしました。 家族それぞれの今の気持ちを聞き合ったり、お産の本や絵本、映像をみてイメージしたり、お腹の赤ちゃんの心音を聞いたり 赤ちゃんを迎えるという心の準備ができたように思います。
そして、出産当日も駆けつけてくださり、2人目はとしこさんが、とりあげてくれました。
大きくなったときに、「あなたをとりあげてくれたのは、としこさんだよ」と直接会って教えてあげられるのも、楽しみの一つになりました。
改めて、「どんなお産をしたいのか」を自分自身と向き合って考え、その想いを叶えられる場所を自分で選び、妊娠期間をどのように過ごすかが、とても大切なのだと感じました。
その過程を一緒に考え、寄り添い、伴走してくださる助産師さんがいてくださったこと。そして、マイ助産師プランを利用できたことは、わたしにとって本当に心強く、「利用してよかった」と思いました。
だからこそ、もっと多くの妊婦さんにこの価値を知っていただき、マイ助産師プランを利用してもらえたらいいなと、心から思います。

「もう嫌だ」って、一切思わなかったんです。
痛かったけど、「あー、生まれた」っていう嬉しさというか、
あったかい気持ちでした。
家族がいてくれて、としこさんも助産師さんもいてくれる、 みんな家族みたいな感じで、本当にあったかいなっていうのを感じました。
助産院は、ぼっこ助産院。 産んだ時、生まれた時もすごいあったかい気持ちになりました。 なんだろう。もうこれ以上の言葉が出てこないんです。
他県の助産院で産む

ちなみにぼっこ助産院って徳島県じゃなくて隣の県ですよね?

香川県です。
車で、高速を使って50分くらいなんですよ。
3月20日が予定日で、その日の午前中に健診に行ったんですが 「まだやなあ」ということで、一回徳島の家に帰ってきました。
そして息子と散歩をしたりしていたら、あれ?定期的にお腹が張っていたいかもしれない、ということで助産院に連絡すると、「遠いし早めに来ておこうか」と言ってくださり、夜22時半ぐらいにまた助産院へ向かいました。 そして、次の日の朝方に産まれました。

同じ県だったらもうちょっと近いじゃないですか。
50分かけても、助産院へ行くって思えたのって、なんなんでしょう?
やっぱり家族みんなで赤ちゃんを迎えたいなっていうことですね。
そして、「幸せなお産だった」と思えるお産がしたい、という思いでした。
それを叶えられる場所が助産院だと思ったのですが、徳島には無かったため、香川県の助産院に行くことにしました。
旦那さんも、産むのは自分じゃないから、とわたしの意思を尊重してくれました。
そして、もし何かあったとしても、もうそれは自分の責任といいますか、誰も悪くない、そういう覚悟は自然と持つことができていました。
お産のリアル 2人目

助産院についてからは、子宮口も開いてなかったため 「まだちょっと時間かかるやろうなあ」と、 ぼっこ助産院の助産師さんと、としこさんと 交代でみてくれていました。
でも思いのほか順調に陣痛が強くなっていき、
寝転ぶとすごい痛かったので、あぐらの体勢で、痛みの波が来たと同時に旦那さんに仙骨を押してもらいながら、陣痛の痛み逃しをしました。
産むとき、「四つん這いで産む」というのに興味があって、パースプランにも、四つん這いで産みたいって書きました。
「出産になったその時、なりたいと思った好きな体勢でいいよ」と教えてもらっていたのですが、バースプラン通り、四つん這いの体勢で出産できました。
赤ちゃんが降りてくると、としこさんが優しく受け止めてくださり、「そのまま下に手を伸ばして」と声をかけてくれました。そして自分の手で赤ちゃんを受け取り、その後、仰向けになりながらお腹の上に抱くことができました。
赤ちゃんのぬくもりを通して、温かい気持ちになれました。
そして、初乳もあげることができて嬉しかったです。
会陰はちょっとかすり傷みたいになっているところがあったので、そこは軽く縫ってくれました。
1人目のときは会陰切開ししっかり縫ってもらっていたので、座るのも死にそうなぐらい痛かったんですけど、今回は全く痛くなかったです。
赤ちゃんは迷わずズズズンって出てきてくれたので、必要最低限の体力でお産ができたと思います。
立ち会ったお兄ちゃんの話

生まれて次の日かな?
「コハルちゃんを産んでくれてありがとう」と言ってくれて。
生まれて嬉しかったみたいです。
陣痛中は、夜中だったこともあり、しばらくは寝ていたんですけど、「いよいよ生まれるよ」ってざわざわし始めたら、むくっと起きて、「お母ちゃん大丈夫?」と背中をさすってくれたり、励ましてくれたりしてくれました。
生まれるところは、 「見たかったら見ていいし、 見なくても大丈夫」と本人にお任せしていましたが、一緒に生まれてくる瞬間に立ち会ってくれました。
そして、生まれた瞬間からすごく妹を溺愛してます。 少し赤ちゃん返りもあり、 親に対しては反発とかもあったんですけどね。
生まれた時にその場にいたということが、ちょっとは関係してたらいいなとは思ってます。
自分の感覚に目を向ける

2人目はわたしの食も整えてくれてた感じです。
とにかく、ご飯とお味噌汁が食べたいみたいな感じで、
身体にいいものを教えてくれている気がしました。
わたしの性格的に周りに合わせてしまいがちなのですが、
今回はつわり中から、「何が食べたい?」と聞く、自分の声というか、赤ちゃんの声というか、
「こうしたい」ということや、自分の感覚に目を向けられたなあと思います。
当時の自分にかける言葉

1人目の時の自分に、声をかけたいなと思う。
1人目なので、分からないことだらけで仕方がない部分もあると思うんですけど、
全く楽しめず味わうこともできなかったです。
なので、妊娠中からも自分とじっくり向き合って、
味わって良いよ、楽しんで良いよ、でも力を抜いて、ということですかね。
2人目の時は、自分の思ってることは、きっと間違ってないから、今のままでいいよ、と。
これだけは言いたい

すべてが経験。
1人目のお産を経験したからこそ、
2人目では新しい選択ができました。
もしかすると、ただ選択肢を知らないだけなのかもしれません。でも、その選択肢を知った上で、「わたしはこうしたい」と自分で納得して決める、そして、その想いを叶えるために環境や心と体を整えながら妊娠期間を過ごし、お産を迎える。
そうやって自分で選び、納得してお産を迎える経験は、その後の子育てを支えてくれるように思います。
それに、子育てで悩んだり、つらくなったりしたときには、自分のお産を思い出してほしいです。
今回こうしてこの記事にしてくださったことで、何かあるたびに読み返すことができます。
きっと、そのたびにエネルギーをもらえると思うんです。
この先、子育てをしていく中では、本当にいろいろなことがあると思います。そんなとき、このお産の記録は、自分にとっての「お守り」のような存在になる、わたしはそんなふうに感じました。

そんな風に思える出産だったってことですね。

はい。でも、出産当日だけを頑張っても、そうは思えなかったと思います。
妊娠中から「自分はどうしたいのか」に目を向けて、
考える時間を持てたことが、良かったと感じています。
思い描いたお産が実現するかどうかは結果なので、自分ではコントロールできない部分もあります。でも、「こんなお産がしたい」と思い描くことはできますし、そのために他人任せにするのではなく、自分自身を整えて準備をしていくことが大切だなと、改めて感じています。
今回のお産を通して、お産の素晴らしさを知りました。
たくさんの方のおかげで「幸せなお産だった」と心から思えました。
そんな風に自分自身のお産と向き合い、子育てしていく方々のサポートができたら良いなと思っています。
お産で感じたことや経験は、その後の子育てや自分らしく生きることにも繋がっていくと感じているからです。
編集者より一言
美帆子さんからお話を聞いて、最後に、そういえば美帆子さんのお仕事は何ですか?
という質問への回答がヨガ講師だった瞬間…だからか!!と、大声で叫んでしまいました(笑)
めっちゃ、自分自身と、身体と向き合ってませんか。
身体と、自分とのつながり、感じることをさらっとされてるというか…
100人のお産プロジェクトの活動は、
そこを大切に、自分自身で選択して生きる、を大切にしたいものなので
久しぶりのインタビューで、こちらもすっかり嬉しい気持ちになったのでした。
美帆子さんは、2026年7月に行う徳島県での「徳島のお産を考える」+100人のお産展の実行委員のお一人でもあり、美帆子さんのお話しは、そのイベントでも聞くことが出来ます。
直接お話を聞いてみたい方、是非会場まで💓
美帆子さん、素敵なお話をありがとうございました!






















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