出産体験談№71 わたしの原点のお産

病院出産

はじめての出産、子育て。
これから、この子を私たちが守っていこうと胸がいっぱいになっているときの写真です。

この記事の見どころ

・1人目のお産で”知らなかった”を学んだ!
・沢山学ん出迎えた2人目のお産。変わったのは、、
・『妊娠出産は、女性の社会性を大きく育てる』という言葉がありますが、まさにそれ!経験を活かしてやれることはないか、考える人に大きなヒントになるはず。

28歳第1子(長男/子ども2人)
病院出産
31歳第2子(次男/子ども2人)
病院出産
徳島県 大西実希さん((株)子育て支援創造スペースミレア徳島代表)

実希さんは、(株)子育て支援創造スペースミレアという場所を創って活動されています。
その活動の原点は、お産にあったとか。

今回はいつもの形と少し変えて、
記事をお届けします。

お産のリアル第1子 

実希さん
実希さん

お産自体は14時間。
最後はお腹の上に
助産師さんが乗って
生まれました。

陣痛の前に
「お産は体力がいるからたくさん食べた方がいいよ」
と聞いていたのを鵜呑みにして、
おしるしがきて微弱陣痛が始まった時に、
「よし!!それなら!!」って
焼肉としらすと味噌汁と、、
めっちゃ食べたんですよね(笑)

食べた後、
生理痛のすごいのが来たんですが、、
ご飯を食べてからそう時間が経っていない間に
来てしまった。。

前夜、あまり寝れていなくて睡眠不足。
そして浣腸してもお通じはなく。
夜中の陣痛中に袋3杯分、
吐きました。

食べ過ぎたんですよね、、。

陣痛の苦しさもあるし、
寝れない、
吐いた苦しさもある。
子宮口が全開するまで、そんな13時間


全開になったら勝手に赤ちゃんが降りて来る、
と思っていたら、
「こっからいきむよ」
って助産師さんに言われて、、
「こっから?!
ここまでこんなに苦しかったのに?!
まだこれからいきむの?!」
という感じ(笑)


波が来てもタイミングが合わせられなくって、
全開から1時間以上経っていました。

本当に出なくって!!

頭がそこに見えているのに、
何回も引っかかっていた感じでした。

最後は、
助産師さんがお腹の上に乗ってバーン!!
という衝撃とともに、
やっと誕生してくれました。


この時の衝撃か、
会陰がお尻近くまで裂けてしまって
1ヶ月座れない、歩けない生活となりました。

産後の気持ちは

実希さん
実希さん

バーンって生まれてきたその衝撃、

その感覚が凄すぎて、
どうだったかはもう覚えていないんですが、、

会陰が裂けたことも含めて
自分がもっともっと勉強しておけばよかった、
と本当に感じたんですよね。

沢山の”知らなかった”に気づいた第1子出産

実希さん
実希さん

お産の選択肢を増やしたい。
それが活動の原動力です。

1人目の時は、
仕事が忙しすぎて、
妊娠中~産後の勉強を全くしませんでした。

母乳育児、もっと知っておきたかった。

実希さん
実希さん

母乳で育てたかったけれど、
知識がなくうまくいかず、、。

カンガルーケアをしたかった。

実希さん
実希さん

生まれてすぐ一緒にいたかった
けれど、
すぐに離れ離れになりました。

お世話になった病院では
事前にバースプランを考える・伝える時間は
ありませんでした。
それまでその院で
カンガルーケアをした方も
少なかったようなので、
わたしも希望を伝えられないまま
となりました。

一日経って、やっと、
「おっぱいをあげましょう」となりました。

母乳指導はなく、
授乳室の壁に貼ってある、
『おっぱいのあげ方』
を見ながらあげてね、という感じでした。

しかも、横は陣痛室だったので、
赤ちゃんを産むために頑張っているお母さんの声が聞こえるんですよね。

「頑張って!!」って感じてしまって(笑)、
おっぱいに集中できない時間でした。

わたしが産んだ病院は、
お母さんは産後は疲れているから、
ゆっくり休ませようと、
母子別室が基本でした。

本当は赤ちゃんと一緒にいたかったけれど、
病院の方針なら、と、

気持ちを引っ込めていました。
(希望すれば同室にもできましたが、
ちょっと遠慮しちゃったんですよね。)


コールが鳴ったら、赤ちゃんに
おっぱいをあげに行く。
自己流での授乳だったので、
すぐに乳首が切れてしまいました。

これが痛くて!!
シャワーですら激痛。

実希さん
実希さん

もっと知識があれば、、
という気持ちに。

産後は、祖母の家に里帰りをしたのですが、
祖母も実母もミルクで育ててきたので、
母乳をあげるために頑張っていると、
「そんなのかわいそうよ」
「お腹が空いてるんじゃないの」、

そうやって言われるのも
すごくストレスで、、。

当時は、
行政の支援も全く知らなかったんですよね。
母乳の無料健診があったのですが、
案内は、
母子手帳をもらった時にバサッと入っている
チラシの中のたった一枚きり 、、。

実希さん
実希さん

もっと見える化されていたら
良かったのに、と感じました。

結局、
産後、友達に「なんとかならないかな」、
と相談した時、
「こんなのあるよ」って教えてもらって、
やっと健診をお願いできました。

ですが、
その時のおっぱいマッサージは、
直接自分で行くしかなく、
「もっと早くこないと!!」と怒られ、
悲しくなりました。


おっぱいマッサージを受けたのは、
上手いと評判の方だったんですが、
1時間悲鳴をあげ通しの内容で、、

結局、完母にできず。
混合でずっと育てました。

ガタガタの骨盤からの・・

実希さん
実希さん

ある日、がくっと腰がくずれたような感じがして。
いきなり立てなくなってしまいました。

同じ徳島県でも、
西の方ではトコちゃんベルトを必須アイテムとしている病院もあるのですが、
わたしの所はトコちゃんベルトもなく、
骨盤がガタガタになってたんですよね。
いきなり立てなくなり、
もう歩けない。

母親に来てもらって、
お医者さんに連れてってもらうと、
椎間板ヘルニアという診断。

数日あるけませんでした。

そこで、薬を飲むため、
母乳はもう諦めて、ということに。
いきなり、
抱っこもできない。
母乳もあげられない。


座ったまま、
大泣きして泣く息子を抱き、

わたしも一緒にごめんね、ごめんねって
泣きました。

その時、
もっとお産のことを知りたい、
もっと選択したかった。
自分のしたいお産ができる環境を作りたい、
という想いになったんですよね 。

1人目は本当に苦しかった。
わたしがそうだったように、
「1人目のお産が辛くて、
2人目は怖い、不安」
という声を聞くことがあって。

不調を感じてからの骨盤ケア、心のケア。
それではやっぱり、遅い。
起きる前からのケアを届けることで、
ママの負担を軽くしたいと思っています。

色々と感じたのは、
息子が宝物で大切な存在だからこそ。
奇跡の存在だからこそ、
湧いた感情でした。
写真は、長男が産後10日ではじめて
にこっーと笑ってくれて
感動して泣いてしまった時の写真。

お産のリアル第2子 身体のケアをしたら・・

実希さん
実希さん

1人目の経験を活かして、
2人目のお産では、
会陰マッサージも、
骨盤ケアも、
母乳マッサージも、
しっかりやりたいと思いました。

トコちゃんベルトで骨盤ケア。
骨盤体操もしたし、
雑巾がけもしました。
(自分の家と実家と祖母の家と3軒!!)
マタニティーヨガには、週1回通い、
体幹もケア。

とにかく気持ちいいお産をしたい、しよう、
と思っていました。


2人目は、
破水してから病院へ、
陣痛がまだきていなかったので、
陣痛促進剤を打ちました。
すると降りてくるのがわかり、
みるみる下がってきました。

陣痛は1分間隔に。
今回は、
1人目の時に、
叫んだら体力がなくなる、
というのを覚えたので、
声を出さないお産に挑戦しました。

事前に夫へ
「わたしが手を上げたら
思いっきりテニスボールで、
この部分を押してね!」
とお願いしていたので、
叫ばずに手を上げて合図をして、
押してもらっていました。

必要なケアをしたら、
こんな感じなんだという衝撃!!
陣痛の痛みはなかったんです!!


1発目で波が来て、
2時間で産まれてきてくれてました。
陣痛の痛みも、後陣痛もなかったものの、、
産まれるときだけは!!
鼻からスイカが出るような感じでしたね(笑)。

今回、会陰は事前に少し切開しました。
前回、お尻まで裂けてしまったのとは違い、
1日で座れるようになりました。
体のケアができていなかったら、
どうだったのかな、と今は思います。

2人目が生まれた時の写真。
しあわせにあふれた瞬間。

1人目と2人目。変わったのは・・

実希さん
実希さん

産院は変わっていないんですよね。
変わったのは自分。
今回はこちらの希望をきちんと伝えました。

初日は一緒にいられなかったけれど、
母子同室が希望と言ったら
すぐに対応していただけました。


おっぱいも、
前回の反省を活かして、
実家に帰った次の日に助産師さんを呼びました。

この先生がすごくいい先生で!
おっぱいが詰まったとき、痛いときの
自然療法でできるお手当ての方法を
教えてくれたりしました。
お陰で初めて完母で育てることができました。

1人目の時はいきなりの断乳で、
ついこの間まであげていたのに、、
という後悔があったけれど、
2人目は、
自分も納得いくまであげられました。

息子2人のはじめての撮影。
長男は、弟ができてめちゃくちゃ喜んでる。

妊娠出産を通して家業も黒字経営に

実希さん
実希さん

赤字から今はお陰様で黒字に。
その背景には、
わたしが妊娠出産したことも、
大きく影響しています。

実家の家業のうどん屋さんを、
お母さんが安心して
ご飯を食べられるような環境に整えました。

・完全無添加の離乳食うどんを無料で提供
・月齢に合わせた椅子を用意

7年かけて、体制を整えていったところ、
口コミで一気に広がり、
今ではお陰様で黒字に転じています。

今、わたしの夢は、
女性の、ママ達の夢を支えること。
食を育てること。
特に、
お産から子育て、切れ目のない支援に
力を入れていきたいと思っています。

これからのママに伝えたいこと

実希さん
実希さん

苦しまないお産をしてほしい。
知っておくことは大事。

わたしのすんでいる場所は、
徳島で唯一、
人口が増えている町なんですよね。
だけど2人目が産めない
共働き世帯が多いんです。
県外からたくさん入ってきているので、
実家が遠いなど、
周りを頼る環境にない、
などいろんな背景があると思うんです。

2人目、
3人目と、
どんどん産めるような環境に
していきたい
んですよね。

仲間と立ち上げだ
子育て支援創造スペースミレア徳島は
行政・企業・民間がチーム
となり、
女性の総合包括センターとして
機能していきたいと思っています。
ワークショップや、
オーガニック食材の販売、
保育士、助産師さんの無料相談。
5年後にはお産が選択できる知識を伝える環境もつくり、
産前産後とトータルにケアする場所にしたい。


都会だったら、
当たり前にあるもの。 それがここにはない。
バースキャンプのような、
優雅に過ごせる場所も欲しいと思っています。
徳島県には今、
子どもが産める助産院がないので、
分娩できる助産院もあるといいですよね。


まだこの地方では、
人に来てもらったんだ、
お世話を頼んだんだと言うと、
「ええっ」ってなる感覚が残っています。

頼っていい。
そういう場所が欲しいんですよね。


頼れる環境がない、
じゃあ無理。
でも、諦めるのも無理。
ないなら創ろう。
それで、わたしは今、
沢山の方に協力を得ながら、
チームで動いています

おかしいと思うことは、
言っていきたいし、
対応してほしい、していこう、と思っています。

実希さん
実希さん

わたし、、多分、この地方ではぶっ飛んでる(笑)

わたしのような活動をしている人は、都市にはたくさんいると思う。
でも、地方では、まだまだ少ないんです。
今ないものや、慣習としてそうなっているものには
それなりの理由がある。
その背景を汲んだうえで、
「これからは、こうしていこうよ」
そうやって提案して
変えていく人を増やしていきたい。

欲しい子育て支援を
みんなで形にしていくことで、
ママやプレママが輝いていく、
それは家族の幸せをつくり、
徳島の未来を元気にしていく!
そんな想いで活動しています。

当時の自分にかける言葉

実希さん
実希さん

みんな本当によく頑張ってる。

苦しい中で本当によく頑張ってるよ。
自分が自分自身を一番褒めて欲しい。
それが自分を愛することなんじゃないかな。

大西実希さんて、こんな方

5歳2歳の男の子ママ
民間の子育て支援事業を立ち上げました!
株式会社Mirea代表子育て支援創造スペースミレア藍住町にopen!
県内企業や行政、30人以上の
プロフェッショナルメンバーと組み、
もっと輝きたいママのプラットフォームを
つくっています。

編集者より一言

大西実希さんとは、
Facebookのグループ、『徳島のお産を守る会』に参加したことで、
ご縁をいただきました。
本当にパワフルで!ワクワクとこれからの活動に思いを
馳せていらっしゃる!
実希さんならきっと実現させていく!

1人目のお産は、いろんなことを知らなかった、
と考えるきっかけになったお産。
そして、そのことがあったから、
2人目は徹底的に身体のケアをされて、
望み通りのお産をされています。
すごいのは、
全くべつのお産体験なのだけど、
産む場所、一緒に産む人が
変わったわけではない、ということ。

同じ産院で、
2人目は希望通りになったのは、
結局のところ、お母さんの心がどこにあるのか。
そこが一番大切、と感じました。

実希さん、大切なお産の話のシェアを、ありがとうございました。

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